あれから11年。 


『中越地震11年』、今日で11年なのだな~。(長文ご容赦)

あの時、韓国の展示会にいた私・・・それもチョンジュって、インチョン空港から高速バスで4時間以上かかる田舎町に居ました。

展示会初日終了後、午後6時に携帯電話が鳴り「大丈夫か?」っと第一声が群馬の同業者Nさん、まったく訳が分からずに事情をよく聞くと新潟県中越地方、それもドンピシャ魚沼辺りがかなりの地震被害だとの報告。頭が混乱する中、2番手は宮城県の同業者Mさんっと次々と私・家族・社員・会社を心配して下さる電話が入ったっけ?

通訳の女子大生は、「仁さん、人気者ですね~!次から次へと電話が鳴って」とか言われたっけ(汗)
『そんなんじゃないって!!』ってって。

あの時は、生きた心地がしなかったなぁ~・・・まぁ、地元にいらした方々はもっと大変で生きた心地がしなかったのでしょうが。

もちろん、家族への電話が繋がらず途方に暮れておりました。

電話をいただく方々にかみさんの携帯電話番号をお伝えし、家族の安否確認だけをお願いして、やきもきしておりました。
結果、23時半頃奇跡的に私の携帯からのコールが最初にかみさんに繋がり、家族の無事を確認。

ホテルで唯一情報が取れたN〇K衛星だっけな、ずっと見てました・・・
明日どうやって帰ろうか?
眠れずに翌朝展示会場に向かい、主催者に帰国のお詫び、通訳のウネちゃんに残りの展示期間のお願いと、その後空港まで起こるであろう事象を考えて、その事を総てハングルで書きだして頂きました。
それを見せながら、タクシーでホテルまで戻りチェックアウト、高速バス乗り場まで行き、空港行のチケット購入、空港に到着したらすでに16時頃、キャンセル待ちの手配、最終便出発30分前にキャンセル出て成田行きの飛行機に乗れました(汗)
土曜日夕刻に起きた地震を聞いて、新潟県に戻って来れたのが月曜日の午前中。

その後ももちろん色々と大変でした。
・・・その後の方が大変でした!?かな?
納豆の廃棄処分、製造再開するも宅急便が動かず1週間以上荷物が出せず廃棄、秋の行楽シーズンの地元お取引先への次から次へのキャンセル。
10日後位からだったかな、荷物の出荷が出来たのって。

・・・そんな事を今朝の新聞見ながら思い出しておりました。

何せ、その際に一人の怪我人も無く、幸いでした。
子供が無事でよかった!って。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://dairikinatto.blog22.fc2.com/tb.php/1758-1ecf69b6